「人形」
土屋さんの投稿
(原文のまま)

私は小さいころから、
他の人には見えない人(霊?)と会話をしたり、
その人の過去を無意識のうちに垣間見てしまう・・・・、
と、いうような経験があります。
ただ、
これらの経験は決して怖いものではないのです。
実際、
霊体験といってもいいものかどうかも悩みますし、
もしかしたら、
無意識のうちに空想上の人物をつくりあげて、
無意識で作ったシナリオ通りにその人と会話をしているだけ・・・・
なんて思ったこともありました。

でも、
私が中学生になった時、
心臓が逆さまになるような怖い思いをした事があります。
この話だけは、いくら考えても、空想事とは思えず、
大人になった今も心にひっかかっているのです。

私は小さい頃、
男の子のくせにお人形が好きで、
よく母親に日本人形をねだっていました。 
しかし母は
「人形には人の魂が乗り移るからだめ!」・・・と言って
いつも私の申し入れを断っていました。 
母も私と同じように、
目には見えない人と会話をする事があるのですが、
同時に苦しめられる事が多いのです。

私が中学3年生になった時、
学校のみんなと東京から奈良・京都へ修学旅行にでかけました。

友達とはしゃぎながらいろいろな所を廻っているうちに、
京都のなんとか城という所にスケジュールが進みました。 
だいぶ昔の事ですし、
歴史・地理には全く疎い人間なので、
お城の正確な名前は憶えていません。 
ただ、
お城の広い部屋の中で、明るい照明がコウコウと照らされ、
等身大のお侍さんや奥方の人形が飾られていた事を憶えています。

その等身大の人形が飾られている大部屋の手前に、
4畳半くらいの小さな部屋がありました。 
廊下からの順路で、
その小部屋を通らなくては大部屋に入れないようになっていたのです。

何十メートルも続く中学生の列が少しずつ移動する中で、
私はその小部屋のその異常な雰囲気を、
小部屋に入る前から強く感じ取っていました。

小部屋を通して見える向こうの大部屋は
とても明るくて雰囲気がいいのに、
その小部屋だけが暗闇に包まれているのです。
小部屋の入り口の上に木彫飾りがあるのですが、
それがどうも気にかかってしかたがありません。 
火の気もないのに、煙らしきものが漂って見えるのです。 
しかも
その煙は、今から入っていく者を高圧的に見下ろしているようでした。
私は友達の列の動きに従いながら、
その煙を引き付けられるように見入っていました。 
ふと、
煙の中に人の嫌がるような顔が浮かんだかと思うと、
今度は突如その顔は消え、木彫の動物たちが目に入ります。 
そして次の瞬間、
また先程の苦悶に満ちた人の顔が現れます。

釈然としない気持ちにとらわれながらも、
同級生の作る列が進み、私もその小部屋に入りました。 
入ってみると、外から見た感じとは違い、
特別なんの異常も感じさせない所です。
前後に通路があり、右手はのっぺらぼうな壁、
左手は生け花でも飾るようなこじんまりとした台がありました。

予想とは違い、
小部屋のなんでもない感じに私は安堵感を覚え、
部屋の中を見回しました。 
すると、
左手の台の上に、日本人形が飾られています。 
なかなか可愛いお人形さんです。 
しかし不思議な事に、
その人形は頭から手足までが泥で汚れ、
右手、左足が取れてそのままに置いてあります。
床の間に飾っているよりは、
もう処分して捨ててしまった方がよさそうなぼろ人形です。

「変だなー」と思いながらも、
「お人形さんが置いてある!」という事で、
私は友達の列から抜けてその人形に近づき顔を覗き込んでみました。

するとどうでしょう。
その人形は私を睨み返したのです。
人を突き刺すような、攻撃的な視線です。 
友達とけんかをしてもこれだけ強い視線を浴びる事はありません。
この世から全ての関係を断ち切った
冷酷で非情な雰囲気を持っています。 
私はその目に突き飛ばされるかのように元の列に戻りました。 
もちろん、人形からは目をそむけています。

心臓がどきどき高鳴り、
まずい事をしたという想念が、私を包み込みました。 
意に反しけんかを売られたような、
とても気まずい雰囲気です。 
先程木彫にかかって見えた人の嫌がる顔は、
この事の予兆だったのかも知れません。

そして緊張がおさまらない中、
ある一連のドラマが、頭の中を走馬灯のごとく駆け巡りました。 
ドラマの各場面が脈絡もなく一コマずつ瞬時のうちに流れるので、
細かい事までは分かりませんが、だいたい以下のような話です。

昔、
そのお城である少女が病気で亡くなったようです。 
少女の死後、
彼女が所有していた人形を
あるお侍さんが処分のために城外へ持ち出しました。 
しかし、
その晩そのお侍さんに異変が起きます。 
異変の原因は持ち出した人形だという事で、
その人は人形を元に戻します。
この噂は近所の一部の人たちに広まり、
人形が処分されない期間がしばらく続きます。 
しかし、その噂も風化すると、
今度は別の人が人形の処分に手をつけ、
またいやな目に遭います。 
この過程が
長い歴史の中で何回も繰り返され、
人形も行ったり来たりでぼろぼろになったようです。

そして
その人形の発するメッセージは、
「あなたも同じ事をすると、許さないわよ」というものでした。 
お人形はぶんぶん怒っていて、こちらを威嚇している様子でした。

思わぬ攻撃を受けて戸惑っているとはいえ、
今度は私の方がむくれてしまいました。 
人形を鑑賞しようとしただけで、
持ち出して捨てる気持ちなどなかったからです。

「お人形さんを覗いただけで、そんなに怒る事はないじゃない!」

これには、
人形も少しびくっとしたようです。 
すると、小部屋から大部屋に歩を進める時、後ろから声がしました。

「私、お父さんを待っているの」。

私は思わず大部屋の中をぐるりと見回しました。 
部屋には中学生しかいません。 
大人らしい大人の姿も見当たりません。
 
「お父さんを待っているって言ったって、パパのパの字もないよ」。

たぶんその女の子は、
病床にありながらお父さんの迎えを待っていたのかも知れません。
残念ながら、お父さんの到着前にお亡くなりになったのでしょう。
死んでしまったとはいえ、
愛するお父さんに会いたい気持ちは強く残っているのに、
そういう事情を知らない人たちがさっさと人形のあと片付けるのが、
無神経で腹立たしく感じるようです。

私も思わず、
その女の子の怒る気持ちに共感を覚えました。
そして、
その女の子の本当の気持ちが分かった時、
私の緊張と戸惑いは、煙のごとく消えてしまいました。

「パパの迎えをいつまでも待っているなんて、気の毒だな」。

そしてまた、友達との楽しい時間が戻りました。 
小部屋に入る前の嫌な感じはひとかけらもありません。 
たぶん、
女の子は私の事を理解してくれて、
その上私の事はすぐさま忘れてしまったようです。

この時の体験は、あまりにも強烈で、
私自身もいまだに信じきれずにいます。 
もしかしたら、
多感で繊細な感覚を持つ子供が作りあげた夢物語かも知れません。
しかし、
あの人形は今でもそのお城に置かれている事だろうと思います。