「血の涙」
山陰地方の某温泉旅館
Firefall さんの投稿
 (文章の一部について、MoMoが加筆修正いたしました)

私の学生時代の友人Kは、
旅が好きな男で、暇さえあればあちこち旅してました。
これは、
Kが学生時代に山陰地方へ一人旅をした時の体験談です。

夏休みを利用して、山陰地方の海岸沿いを、
これといった計画も立てず、ただ気ままに北上する旅をしていたKは、
その日はある港町に一泊することにしました。

さびれた港町の古ぼけた旅館で旅装を解いたKは、
入浴と食事を済ませると、旅の疲れからか猛烈な睡魔に襲われ、
爆睡してしまったそうです。

どのくらい時間が過ぎたのでしょうか?
Kは、喉の渇きをおぼえて目を覚ましました。
水でも飲もうと起き上がろうにも全身が金縛りにあって動けません。
必死に金縛りを解こうともがいているうちに、
目が暗闇に慣れ、部屋の中の様子がうっすらと見えてきました。
月明かりにぼんやりと見える部屋の様子は、
Kが眠りにつく前とはどこか少し違っているように感じられました。
それに、
まだ夏の終わりだと言うのに部屋の中がとても寒いのに気付きました。
そのうち、
部屋の隅のちょうど一番暗くなっているところから、

「タカちゃん、寒くないかい?」

・・・という、
地の底から響いてくるような女の人の声が聞こえてきたそうです。
すると、
Kの寝ている布団のまさにすぐ近く、枕元のあたりから、

「ううん、大丈夫。かあさんこそ寒くない?」

・・・と応える、
幼い男の子の声がしたそうです。
(これも、地の底から響いてくるような声だったそうです。)

恐怖のあまり叫んで誰か助けを呼ぼうとしても、
声も出ず、金縛りはよりいっそう強まった感じになったそうです。
やがて、
部屋の隅の女の人の声のしたほうから、
白いモヤが立ちのぼり、ゆっくりとKのほうに近づいて来ました。
次の瞬間、
真っ青な顔をした女の人と小学生くらいの男の子が真上から
Kの顔を覗き込んだそうです。
その恨めしそうな顔には、
両目から流れた真っ赤な血の涙の跡がくっきりと残っていたそうです。
そのまま気を失ったKは、
翌朝、
自分を起こしに来た旅館の仲居さんに、昨夜のことを話したそうです。
仲居さんは、
一瞬あせったような素振りを見せたそうですが、

「お客さん、変な夢でも見たんじゃないですか? すぐに朝食ですよ」

・・・と応えると、
その話題から逃げるようにさっさと部屋を出て行ってしまったそうです。
結局、
何も聞き出せなかったKが、

「やっぱ、夢だったのかな?嫌な夢見ちゃったなー」

・・・などと思いながら、
旅支度を整え、部屋を出ようとしたそのとき
開け放した窓から強い風が吹き込み、
床の間の古ぼけた掛け軸を揺らしたそうです。
そして、なんとその掛け軸の裏に、魔除けのお札のようなものが
何枚も貼ってあるのが見えたそうです。
驚いたKは、逃げるようにその旅館を後にすると、
その日の旅の予定も変更して、
その旅館について町の人に色々尋ねて回ったそうです。
みな、一様に口は堅かったそうですが、
ある食堂のおばちゃんが話してくれたのは次のようなことだったそうです。

・・・・・

10年くらい前、
30代の女性とその子供の小学校1,2年生くらいの男の子が、
大阪からこの港町に流れて来た。
どうやら、
酒癖の悪い亭主の暴力に耐えかねて逃げてきたらしかった。
でも、ヤクザもんの亭主は、
仲間の情報網を使って女房の居所を突き止め追ってきた。
もし捕まったら
自分ばかりか子供までどうされるかわからないと悲観した女房は、
真っ暗な冬の海に子供と身を投げた。
冬の日本海は荒海で、死体が上がったのは春になってから、
それもここからかなり離れた場所だったそうだ。
その親子が泊まっていたのが、あの旅館のあの部屋で、
それ以来、
あの部屋に泊まったお客が親子の幽霊を見たという噂が絶えず、
堪りかねた宿の主人はお払いをしてもっらたりしたのだけど、
親子がこの世に残した未練の大きさのせいなのか、
あまり効果が無く、10年も経った現在でも噂が絶えない。

・・・・・

私がこの話を聞いたのは今から10年近く前の学生時代のことで、
山陰地方のどこなのか、はっきり覚えていません。
島根県か鳥取県だったと思いますけど…。
ただ、
話の内容は鮮明に覚えていましたので(特に血の涙)、
Kの体験談はここに書いたとおりです。
Kは、2,3年ほど前から消息不明で連絡を取れないので、
本人に場所を尋ねることもできません。
ただ、山陰地方に在住のこの掲示板の読者の方で、
こんな話を聞いたことのある人がいたら、あなたの街かも知れません。