「想い」
たまごさんの投稿
(原文のまま)


今から20年くらい前、
私がホテル、料亭に出入りする仕事に就いた頃の話です。 

その料理旅館は、今では、テレビ、雑誌等によく紹介される旅館で
旅好きの方なら知っている方も多いお店です。

今は、取り壊された別館での話です。

その別館は、昭和初期から40年代までの間、
財界、政界、小説家等の方々のお忍びの場で有り、
多くの秘めたる恋も幾つかあったそうです。

20数年前のその日、いつものように仕事に入り、
その部屋の仕事に入ろうと階段を下り、
その部屋の見える位置に来たときです。

部屋の前に三十路くらいの芸子さんが<
ジィーー・・・と立っているじゃないですか。

こんな時は、いつも

「お客様、お着きなんですか?」

と、
芸子さんには、気軽に声をかけるのですが、
その方の悲しげな表情を観ると、取り込み中としか思えず、
とても声をかけられない状態のように見て取れ、
その部屋のしつらえを諦め、
帳場にしつらえが出来なかったと報告しました。

すると、女将さんは、

「あぁー、あれね。たまごちゃんも見えるの。
 うちの〇〇君も小学生の頃、あの前が怖くって通れなくってね。
 あれはね、〇〇姉さん!」

「女将さん、その芸子さん、生きてるじゃありませんか! 
 それに歳、だいぶ違いますよ。」

と言うと、

その姉さんが、
女としての妖艶さと芸に磨きがかかってきた三十路の頃、
日本一の企業と言っても過言でない
T自動車会社の重役と本気の恋に落ちたのですが、
重役の奥様に知られることになり、
彼と姉さんの落ち合う現場に本妻さんが乗り込み、
女将が仲裁に入らなかったら刃傷沙汰になるところだったそうです。

女将のとりなしで事なきを得たのですが、
その後、彼は、その旅館で接待があり、泊まることがあっても、
どんなに姉さんが訪ねてきても二人きりになることは、
なかったとのことでした。

当時、姉さんは、その部屋の前で
人をはばかりながら幾時間も待っていたとのことです。

でも、
その部屋の扉が開くことは二度となかったのです。

それから何十年、
その念は、歳を取らずにそこに残ることになったんです。


そして、
この別館の部屋は乗務員部屋として利用され、
たくさんの添乗員、ドライバー、ガイドが彼女の姿を見ることに。

でも、
ほとんどの方は、生きた人間だと思っておられるようでした。

ただ、
不審に思って訪ねて来られた乗務員の方には、
真相をお話ししましたけどね。