「長崎の民宿にて」
猫村ねこさんの投稿
(原文のまま)


出張の多い仕事なので、旅先でよく怖い目に遭います。

ランタン祭りで賑わう時期の長崎へ、
急な仕事で出張する事になりました。

時期も時期なので、
定宿もその他いつもは取れるビジネスの空室が全く無く、
地元のスタッフに探してもらった小さな民宿へ泊まる事となりました。

民宿は古い木造家屋で、老夫婦が経営する情緒豊かな宿。

このような時期なのに、
宿の宿泊客は私の他は大学生風の若い男性は一人だけで、
大変静かでした。

通された部屋はやけに暗く、最初は
『古いからかな?』
と思い、荷物を置いてからその足で仕事へ向いました。

業務を終えて、宿に帰ったのは11時を過ぎてから。
お風呂は12時までが使用時間になっていたので、
慌てて入ってその日はそのまま布団に入りました

横になって眠りに落ちる頃、

うぉおおおおおおおおおおおお 

という男性の叫ぶ声が聞こえて目が覚めました。
声は、私の部屋の真下にあるお風呂場から聞こえてくるようです。

叫ぶ声も尋常じゃないけど、
お風呂場は12時以降は鍵が掛かってて入れないはずなのに・・・・。
その晩は、
布団を頭までかぶって明け方までよく眠れませんでした。

翌朝、何となく宿の主人に

『昨日の夜、お風呂で何かあったんですか?
 男の人が叫んでるっぽい声がしたんですけど・・・』

と、聞いてみたのですが

『そんな声は聞いてない』

と、そっけなく返答されそれ以上聞くことが出来ませんでした。

二日目、
仕事から帰ってから部屋からは出ずにそのまま寝る事にしました。

眠ってしまえば明日にはチェックアウトだ。
そんな気持ちでいたのです。しかし生理現象には逆らえず、
廊下の突き当たりのトイレを目指す事になりました。

廊下は使っていない部屋の戸が両脇にあり、
その戸には南京錠がかかっていました。

私の部屋の正面の部屋も、
泊り客が居ないので鍵が掛かっていたのですが、
私がトイレから帰るとその戸が全開に開いていて、
真っ暗な部屋の様子が丸見えになっていました。

だけど、
誰かが廊下を通っていた様子はありません。
古い宿なので、板張りの廊下は人が歩くと大きな音で軋むので、
トイレの中からも外の様子が音で分かるくらいです。

少なくとも私がトイレに入っている時に
誰かが廊下を歩いて鍵を開けた様子はありませんでした。

真っ暗な部屋を覗き込みながら、
酷く薄気味悪い気持ちになり自室へ逃げ込むように帰りました。

トニカク無理やりにでも寝た方がいいと、
寝酒にビールを飲み干し、布団に入りました。

すると真夜中に、
窓のすぐ外あたりで陽気な酔っ払いの声が聞こえてきました。
声はとても近く、とても楽しそうだったから、
すぐに違和感は感じませんでしたけど、
よくよく考えたら私の泊まっている部屋は2階にあるんです。

窓の下は人なんて通れないんです。

気がつくともう一睡も出来ません。

ただ、息を殺して布団の中で固まっていました。
そして時計が5時をしらせ、もうじき朝になるな・・・・と感じた頃
 
スーっと、
誰かが襖を開ける音がしたんです。そして複数の人の声で

『寝てるな』
『ああ、寝てる寝てる』
『気付いていないな』
『そうだな』
『よし』

と、私の様子を観察している声がするんです。

怖かったです。だけど、もしかしたら泥棒かもしれないからと、
布団から這い出て襖を見ると締まっていました。

襖を開けて出入り口の戸の内鍵も確かめたのですが、
きちんと施錠されたままでした。

朝、部屋を出る時ふと見上げると、
電気の傘に隠れている四角い紙を見つけました。

よくよく見ると、奇妙な図形の入った御札で、
明らかに何かを封じるような意味合いの字が書かれていました。

幽霊を見たとかそういうのではないのだけど、
その御札を見つけた瞬間、背中が冷えるような思いをしました。
今でもその民宿は営業しています。