「水」
仏壇返しさんの投稿
 (投稿原稿の内容を尊重しつつMoMoがリライトいたしました)


数年前、家族と北陸旅行に行った時の話です。

私が急に夏休みが取れたので
私の母、妻の母、私、妻、息子の5人で旅行することになりました。
お盆近くという事もあって、どこに電話しても満室。
しかたなく、
ある旅行社(結構有名)に相談すると何とか一部屋確保してくれました。
山●温泉の有名な旅館でした。
不思議なことに
お盆近くだというのにキャンペーン期間中ということで
息子は無料、大人の一人は半額でいいってことでした。

「太っ腹の旅館もあるものだな」

と言いいつつ、
サンダーバード号に乗って山●温泉へ。
駅からは迎えのマイクロバスで旅館へ直行です。
旅館は川のそばにある立派な建物、
私達の部屋は、川のほうの地下に降りた所のドン詰まりの部屋でした。

部屋を開けた瞬間、かび臭い匂い・・・。

「長いこと使っていなかった部屋かな? まっ、安いし文句いえないな」

ほどなく仲居さんが入ってきて
お茶を頂きながら、仲居さんしばしの雑談・・・・
「それでは、ごゆっくり」
そう言って、仲居さんは部屋を後にしようとしたのですが、
ドアのところで急に振向くと、

「お部屋を出られて、すぐ左には非常口がありますが、
 外は崖になっておりますので、出にならないようにお願いします。」

「は、はい?!」

夕食は大広間に集まって食べました。
食事後、母たちと妻、子はそのまま温泉にいくというので、
その場で別れて、私は部屋に戻ることにしたんです。

のんびりと歩きながら旅館の造りを見てみると、
建物そのものは川沿いの崖に面していて
崖上の部分と崖下の部分とに分かれているんです。
崖上の部分は新館らしくしく大変きれいなんですが、
崖下の建物に降りて行くと急に壁や天井が古くなっているんです。

私の部屋はもちろん崖の下の建物の一室、
階段を降りると、目の前を母子連れが歩いていました。
母親と女の子が手をつないでいます。

「彼女らも、旧舘の安い部屋泊まりかな・・・?!」

方向が同じなので、
心ならずも、後をつける様な感じで歩いていたのです。
今歩いている廊下の突き当りを左に曲がると客室が幾つか並んでいて
右に曲がると私達の部屋と非常口だけ・・・。

私は、前を歩く母子はてっきり左に曲がると思っていたのですが、
2人は右に曲がってしまったんです。

「あれ、あの母子が部屋の場所が判らないんだな」

そう思った私は、
声を掛けてあげようと、急いで角を曲がったんです。
しかし、
彼女達の姿は忽然と消えてしまっていたんです。

「あれ、どこいったのかな?」

不思議には思ったんですが、
夕食時にビールを飲みすぎた為だと気にも留めなかったんです。


深夜・・・何時頃だったんでしょうか、
部屋の外、廊下から聞こえてくる話し声に目を覚ましたんです。

「母さん、お水、お水頂戴・・」
「待ってて今探すから・・」

部屋に戻る時に見かけた親子のようです。
廊下を行ったり来りしてどうやら水道を探しているようです。

「水ぐらい部屋で飲めばいいのに・・夜中にウルサイな〜」

と思った瞬間、寒気が走りました。

旅館の部屋には必ず洗面台があるので、
水飲む為に夜中に廊下を出ることなんて絶対にありません。
もし、水道が壊れていたとしても旅館の人を呼ぶだろうし・・・

ただならぬ雰囲気を感じた私は
焼酎をがぶ飲みすると、布団を頭からかぶり寝てしまいました。

翌朝
昨晩のことが気になった私は、
廊下の左にある非常口を確かめに行ったんです。
すると、
昨日は暗くてわかりませんでしたが
錆びついてホコリまみれの非常口のドアの下に
剥がれかかった古いお札が一枚あったのです。

私は、
その件については、
家族には何も話さず早々とチェックアウトを済ませました。
帰りの列車の時間までは余裕があったので、
家族は不思議そうにしていましたが、
私は少しでも早く部屋から立ち去りたかったんです。

その代わりという訳でもないのですが
私は、時間まで、子供と河原に降りて遊ぶ事にしたんです。
そして、
河原に下りて、
視線を崖のほうに向けた時、愕然としたんです。

目の前には焼け落ちた廃屋、
その横に建つ旅館の旧舘。

そうなんです。
非常口の向こうは崖ではなく焼け落ちた廃屋だったんです。