「住職」
匿名Tさんの投稿
 (投稿原稿の内容を尊重しつつMoMoがリライトいたしました)

私は大学のとき
フェンシングをやっていて、大学でのクラブ活動以外にも
家の近所での朝・晩のジョギングは欠かせませんでした。

私の実家は神社の裏手にありました。
僕はその神社を通ってジョギングに出かけるんですが、
夜のジョギングの時には、少し気がかりな事がありました。

境内の参道の左手に、浄心と書かれた水飲み場があるのですが、
誰もいないのに、時々、視線を感じることがあるんです。
何か、この世のものでない感じの・・・。
しかし、
神域である神社の境内にで幽霊というのも変なので、
気のせいだ・・・と自分自身に言い聞かせていました。

大学を出て5年ほど経った頃、
この神社で大掛かりな改修工事が行われました。
境内が整備されてきれいになり、宝物殿も建てられました。
水飲み場から左手のコンクリート塀までいっぱいに、
土の地面がセメントで舗装され、外灯もたくさんついて、
夜でも参拝歓迎といった感じになったのです。

しかし、
もともと参拝客の少ない神社なので、
きれいになった割には、あいかわらずガランとしていました。
夜になればなおさら静かです。
それは好都合・・と、
私はこの明るくなった境内で夜のトレーニングを始めました。
剣を持って中腰になり、
マルシェ(前進)、ロンペル(後退)、ファント(攻撃)を繰り返えすんです。

練習を始めて2日目、
背後に人の視線を感じるようになりました。
左後方から、こちらをじっと見つめる視線があるのです。
ちょうど水飲み場の位置から感じます。
振り返ってみると、
痩せて小柄な初老の男性が立っています。
どうもかなり昔の人のようです。
しかも僧服らしきものを着ています。
僧服といっても、
普通のお坊さんが着ているような立派なものではなく、
普段着の和服に近いものです。

何かをしてくるワケでもなく、
ニコニコしながら私の練習風景を見学しているだけなのです。
邪悪な感じがしなかったこともあって
私は、それからも夜のトレーニングを続けました。
そして、
私が夜境内で練習する度に、その僧侶さんは見学に来ます。

「でも、なんで神社に僧侶さん?」

そんな疑問があるものの、
私と僧侶さんの付き合いは続いたのです。

そしてある日曜日の午後、
散歩がてらに神社を訪れたとき、
ある石碑が目に飛び込んできたのです。
その石碑は神社の改修工事の時に一緒に建てられたもののようで、
参拝客向けに神社の歴史が記されています。

石碑によると
この神社は1645年に建立され、同時に、今の社務所がある所に、
普化宗の虚無僧寺が建てられたそうです。
この虚無僧寺が明治新政府により廃宗廃寺にされるまで、
お寺の住職が2百数十年にわたり神社の管理していたたそうです。
そして、
歴代住職のお墓が水飲み場のすぐ後ろにあるというのです。
見てみると、
確かに水飲み場の後ろ、
境内から1mぐらい下方にお墓らしきものがあります。

「なーるほど!」

いつも練習の時に出てくる僧侶は、
おそらく虚無僧寺の住職だったのです。
亡くなってもなお神社の管理を続けているのでしょう。
そこに、
手に剣を持った変な若者がチャンバラの練習を始めたので、
最初はびっくりしたものの、
面白いから眺めていた・・・というところでしょうか。

あれから数年が経ちましたが
この神社は相変わらずきれいです。
春には桜がきれいに咲き、とても雰囲気がいい場所です。