「夜汽車の乗客」
ウィッシュボンさんの投稿です。
 (文章の一部について、MoMoが加筆修正いたしました)

これは、友人からきいた話です。

友人の大学の同期のAは信州の山奥の出身で、
あるとき法事のため実家に帰省したそうです。

行楽シーズンでもなく、終電ということもあって、
Aの乗った車両は街から離れると、
彼と5,6座席前に座っている女性客の2人だけになってしまいました。

窓側に寄って車窓を眺めても、
どんどん山奥に入って行く列車の外は真っ暗で、
停車する無人駅のホームの明かりくらいしか他に何も見えませんし、
Aも窓側よりもむしろ通路側に寄って座っていたそうです。

そのうち睡魔に襲われたAが、ほんの10分くらいウトウトして、
気が付いたとき、もう一人の乗客の姿は無かったそうです。

「あれ、降りちゃったのかな?
 それにしても、えらい山奥の出身の人だな。」 

などと、
自分のことは棚に上げて思ったそうです。
というのも、
Aが居眠りしている間に通過したのは、
登山シーズン以外にほとんど乗降客がいない駅だったからです。
この峠付近から、
県境にあるAの出身地までの間は、険しい地形と冬の豪雪のため、
ほとんど集落も無く、人が乗り降りするのは極めて稀なのです。
それに
時間ももうかなり遅かったし…。

しばらくして、
尿意をもよおしたAは、車両の最前部にあるトイレに向かいました。
途中、
さっきまで女性客が座っていた座席の横を通りましたが、
やはり、女性はいません。
トイレから戻る時に見回した車両内にも誰もいませんでした。

Aは座席に戻り、ふと通路の前方を見て、
思わず驚きの声を上げそうになったのです。
信じられないことに
前方には、先ほどの女性客が座っているのです。
そう、さっきまでと同じ体勢で同じ席に…。

「今そこを通った時には誰もいなかったじゃないか?!」

Aの背中に冷たいものが走りました。
もちろん、
向こうの車両から移って来たわけではないのは明白です。
そして、
その女性客はゆっくりと彼のほうに振り向こうとしているのです。

「やめてくれー、こっちを向かないでくれー!」

と、心の中で叫んだそうです。

次の瞬間、
耳元でした声で我に返りました。

「まもなく、○○○です。お降りの方はご準備下さい。」

そこには、車掌が立っていました。
車掌は冷や汗を流しているAを怪訝そうに見ると、

「ご気分でも悪いのですか?」
「いいえ、別に。」

Aは急いで列車を降りる準備を始めながら、
車掌が歩いていく先・・・あの女性客の座席を恐る恐る見ました。
しかし、
そこには誰もいません。

Aは列車が故郷の駅に着いた途端、転げるように列車を降りました。