「時を越えて」
東京都 九段某


出るホテル、観光スポット・・・というと、
都心から離れた地方の温泉地、観光地などをイメージしがちですが、
なかなかどうして、
大都市のシティーホテルの中にもいわく付の部屋は結構あるのです。
今回の話は、
東京、九段、某シティーホテルでの先輩の体験談です。

その日、
普段から寝つきの良い彼が、
何故かなかなか眠れなかったといいます。

「う、うぅ〜ん・・寝られへんなぁー・・・なんでやろ。」

何度も何度も繰り返し寝返りをうっていると、

カツン、カツン、カツン、カツン
   ・・・という足音が廊下の向こうから聞こえてきます。

カツン、カツン、カツン、カツン
   ・・・どうやら、彼の部屋に近づいてくる様子です。

カツン、カツン、カツン、カツン
   ・・・その足音は、
ドアをすり抜けて彼の部屋の中に入って来るではありませんか。

「ちっ、これは出たな・・・どうする?」

カツン、カツン、カツン、カツン
   ・・・足音はテーブルのほうに・・・椅子を引き・・・ドカッと座る音。

次の瞬間、
彼は自分の額に何か冷たい物を感じました。
ゆっくり目を開けると、
旧日本軍の兵隊が彼の額にピストルを突きつけているのです。

ベッドの周りには、他にも数人の兵隊がいて、
彼の腕をつかみ無理やり引き起こすと、ベッドの上に座らせました。
テーブルの椅子には、
明らかに高級軍人らしい人物が葉巻の煙を漂わせ座っています。
高級軍人は彼と目が合うと、スッと立ち上がり、
兵隊たちに何か指示を出しました。

すると、
兵隊たちはその高級軍人に敬礼をし、
そのままスゥーと闇の中に消えていったのです。
ひとり残った高級軍人は、静かに彼に近づいて来ます。

「・・・・・・・」

高級軍人は、彼に向かって何かを尋ねている様子なのですが、
彼には高級軍人の声が全く聞こえないのです。
いや、
恐怖の余り、聞こえていても理解が出来なかったのかも知れません。
彼は、ただただ震えているだけだったのです。

「・・・・・・!!」

そのうち、高級軍人は声を荒げ、怒鳴り散らし始めました。
 ( 声は聞こえませんが、
  その表情から明らかな怒気が感じられたそうです。)

「た、助けて・・・助けて・・」

彼には、そう言うのが精一杯でした。
高級軍人は、ニヤッと彼に笑いかけると、
火のついた葉巻を彼の手の甲に押し付けたのです。

「ぎゃぁー!!」

尚も、彼に怒鳴り散らす高級軍人。
恐怖で言葉も出ない彼。
ついに高級軍人は腰の銃を抜き、彼の額に当てると・・・、

バーン!

彼が意識を取り戻したのは翌朝でした。
慌てて部屋を見渡しましたが、そこは何事も無かったかのような様子。

「た、助かったのか・・それとも夢だったのか・・」

ホッと胸を撫で下ろした彼は、
その時初めて手に痛みがあることに気付きました。
見ると、手の甲には火傷の跡がハッキリと・・・。

昔、
九段には、旧日本陸軍の憲兵隊本部がありました。
そこでは、
共産主義者や半島の方々が無実のまま、
拷問で殺されていったとも伝えられます。

時を越えて、
彼がそれを目の当たりにしたのでしょうか、それとも・・・
ただ、
このホテルは、本部跡からは結構離れた場所に位置しています。