「蛍」
九州地方 某老舗温泉

現地のガイド、Nさんにお聞きした話です。


夜11時過ぎ、
大浴場で一日の疲れを取ったNさんは、
2階の乗務員部屋でテレビを見ながら

「ふ〜ん・・・♪〜♪〜♪」

鼻歌交じりに上機嫌で髪をとかしていたんです。
その時、

「あれ?」

一瞬、窓の外で、
何か光ったような気がしたんです。

視界の端にチラッと光が射したんですね。

彼女は、髪をとかす手を止め、
窓の外を見たのですが、光のようなものはありません。

「気のせいか。」

Nさんは、また、髪をとかし始めました。

すると、また、視界の端に光が・・・

「あっ! また!」

もう一度、Nさんが窓を見ると

「うん、何の光だろ?」

暗闇の向こうに小さな光がチラチラと瞬いています。

Nさんは窓を開けて見ると

窓から30m程離れた茂みのアチコチに
小さな光が飛び回っています。

「あっ、蛍だ! 風流だなぁ〜」

「街中じゃ、今時、蛍なんか見れないもんねぇ〜。」

「やっぱ、きれいな川がないとね・・・」

・・・って、思わず呟いたのですが

「うん? あれ? ちょっと待って?
 このホテル周辺・・・
 ・・・ってか、私の部屋の向こうには川も池もないわ」  

Nさんが改めて、小さな光を観察してみると、
その小さな光はゆっくりと一か所に・・・

「何か、集まってるみたいね」

やがて、
小さな光は集まって、
ビーチボールくらいの大きな光になったんです。

「えっ! な、何なの?」

そして、
その大きな光は少しずつ形を変え、男の顔になったんです。

苦しげな、何かを訴えるような表情です。

「えっ、えっ?!」

次の瞬間、

シュパァーーー 

・・・って、
刀で空気を引き裂くような音を立てて、
光の顔はNさんに向かって、スゴイ速さで突進してきたんです。

「きゃー!!」

Nさんは思わず窓を閉めました。

「バァーン!」

突進してきた光の顔が、窓にぶつかり砕け散りました。

窓の向こうには、
消えかかった打ち上げ花火のように、
光が拡散して落ちて行ったそうです。

Nさんは、すぐにカーテンを閉め、
翌朝、部屋を出るまで、カーテンは開けなかったそうです。

あの光、男の顔が何だったのかは今も解りません。