「滝」
I県O温泉郷


この話は、私の先輩のGさんの体験談です。

2年前、
ある会社の慰安旅行の添乗でこの温泉郷を訪れたときのこと。

温泉郷に入る前に、近くにあるH滝の観光をしたのですが・・・

Gさん、
H滝に鳥肌が立つほど魅入られ、
しばらくその場から動けなかったんです。

そして、
この滝に魅入られたことが恐怖の一夜のきっかけとなったのです。


その日の宿泊は、
この温泉郷でもお湯が最高と噂されているホテル。

彼が通されたのは落ち着きのある和室で、
床の間にH滝の掛軸が掛かっていました。

素人が見ても解る程の素晴らしい掛軸です。

「へぇ〜、こりゃ凄いや。」

彼は、この掛軸を相当気に入ったらしく、
テレビもつけずに、この掛軸をしげしげと眺め、
満悦で床についたのだそうです。

深夜、
部屋の温度が急に下がり、彼は目を覚ましました。

「うぅ〜・・・寒・・・」

ダアァー・・・・

目を覚ましてみると、ただ寒いだけでなく、
小さな音ですが滝の様な音まで聞こえてきます。

「うん、この音は滝の音・・・?
 いったい何処から聞こえてくるんだ?」

耳を澄ましてみると、その音は床の間のほうから聞こえてきます。

「まさか・・掛軸・・・?」

見ると、
信じられないことに掛軸の滝が流れているんです。

滝つぼへ落ちていく水の流れが、
月の光に照らされてキラキラと光っているのです。

「掛軸の滝が・・・本物に・・・? まさか、目の錯覚だろ・・」

彼は目の前で起こっている事が信じられず、
掛軸の滝の水に手を差し伸べようとした瞬間、

ガバァー!!

突然、
滝の水の中から黒い手が飛び出してきて彼の腕を掴むと、

彼を絵の滝の中に引ずり込もうとするかの様に、

凄まじい力で彼を引っ張り始めたのです。

「助けて、助けたくれぇー!!」

彼が叫ぶと、

「うるさい、お前が望んだことだ、お前が俺を呼んだのだ!!」

掛軸の滝の中から、怒りに満ちた声が聞こえてきたのです。

「知りません、僕は死にたくない、死にたくないんだぁ」

「今さら遅い・・・」

そうしている間も、
彼は少しずつ掛軸(滝)の中に引き込まれていきます。

彼は思わず、こう叫んだのです。

「お願いです、成仏して下さい。
 もう僕にかまわないで成仏してください。」

すると・・・、

「そうだな、今回はそれもいいだろう。」

そう言うと、
黒い手はスゥーと消え、掛軸も元の絵に戻ったのです。

「た、た、た、助かったぁ〜・・・」


彼は恐怖から解放された安堵感からか、
その場でそのまま眠ってしまったそうです。

そして翌朝、
床の間の前で目覚めた彼が床の間を見ると、
ありふれた・・・
何処にでもあるような滝の掛軸が掛かっているだけでした。

何事も無かったかのように・・・・

彼は、
それ以来、滝のある観光地への添乗には行きません。