「女将」
T県 「G」


これは、知人のドライバーの体験談です。

ホテルに到着し、お客様を降ろした後、

彼はバス内の清掃を行っていました。

ちょうど清掃が終わった頃、

「いらっしゃいませ、ご苦労様です。 
 当館の女将です。私がお部屋までご案内します。 
 どうぞ、こちらに・・」

・・・と、
年配の女性が声を掛けてきたそうです。

「あっ、お世話になります。」


彼女は彼を離れの別館に通しました。

部屋に入ると、彼女はお茶を入れながら、

「お疲れでしょう、
 お風呂の前に軽く何かお召し上がりになりますか?
 お茶漬けでもお持ちしましょうか?」

・・・と彼に尋ねました。

「あっ、それは、いいですねぇ」

「ではすぐにお持ちいたしますので、
 テレビでも見ながらお待ち下さい。」

そう言って彼女は部屋を出て行きました。

しかし、
10分経っても、20分経っても“お茶漬け”はやって来ません。

ただ、
テレビが昔の番組の再放送をしていて、
懐かしく見ていたこともあって、
待つこと自体はそれほど気にはならなかったそうです。

「それにしても遅いなぁ〜 忘れられたのかなぁ〜」
 
もうしばらく待って、来なければ声を掛けてみようと思っていると
廊下の向こうから誰かが走ってくる足音がしたそうです。

「おぉ〜、やっとお茶漬けが来たかぁ。」

ガラッ!

部屋の戸が開くと・・・、

「こんな所にいたんですか! 随分探したんですよ!」

見ると、若い仲居が息を切らして立っています。

「探したって? 女将さんがここに通してくれたんだけど・・・」

「女将さんって・・・・?」


仲居は、女将の容貌を彼に尋ねたそうです。

「それは、亡くなった先代の女将です。」

「まさかぁ・・」

「まさかって、ドライバーさん、この部屋をよく見てくださいよ。」

彼が仲居に促されて部屋を見渡すと、

その部屋は何年も使われていないようなボロボロの部屋で、
天井にはクモの巣が張り、畳はささくれて、テーブルの上にも
ホコリが溜まっていました。

そして、
先程まで見ていたテレビも、飲んでいたお茶も消えていたのです。

「そ、そんなバカな・・・!!」

「さぁ、すぐにお部屋にご案内します。
  いつまでもこんな所にいては・・・」

彼は仲居に促されて部屋を出たのですが、
もう一つ納得がいきません。

すると、
仲居は彼を本館(新館)に案内しながら、こう説明を加えたそうです。

「あそこは旧館で、もう何年も前から使ってないんです。」

「旧館・・? 使ってない・・?」

「えぇ、
 先代の女将の頃は、あちらを本館として使ってたんですが・・・」

「なるほど、だから旧舘に・・・」

しかし、
彼は驚きこそしたものの、
先代の女将の霊には全く恐怖を感じなかったといいます。


そして、今日も明日も、
先代の女将は旧舘でお客様を待ち続けているのです。