「クローゼット」
I県 W温泉郷


この温泉郷、
朝市の拠点としてのイメージが強いのですが、
泉質も良質で肌がツルツルになると女性の評判も上々なのです。

この話は
知り合いの添乗員の体験談です。

その日はシーズンオフということもあって
彼女の通された部屋は一般客用のシングルだったそうです。

「へぇー、いい部屋じゃない。」

早速
着替えようと、クローゼットを開けると
クローゼットの奥で人影が動いたんです。

「キャッ・・」

彼女は一瞬凍りついたのですが、
よく見るとクローゼットの奥に鏡があるんです。

そう・・・彼女自身が映ってたんです。

ホテルのクローゼットの場合、扉の裏側ではなく、
クローゼットの奥に鏡があることも少なくないんです。

「なぁ〜んだ、驚かさないでよ」

彼女は着ていたスーツを脱ぎクローゼットに掛けると
クローゼットを閉めて、持参のトレーナーを着込んだんです。

「あれ?」

その時、
彼女は急に不安になったんです。

クローゼットの鏡に映っていた自分が
トレーナー姿ではなく、
ホテルの浴衣を着ていたような気がしたんです。

そこで
彼女は恐る恐るクローゼットを開けてみました。

しかし、
クローゼットの奥に鏡はなかったんです。

その代わり・・・

彼女のスーツの向こうに
人間の目のような光りが輝いたかと思うと、

濃い緑色の手が2本・・ズズズッ・・・と
クローゼットの奥から飛び出してきたのです。

「キャァー!!」

彼女は慌ててクローゼットの扉を閉じたのですが、
2本の濃い緑色の手は

ドン、ドン、ドン・・・・
ドン、ドン、ドン・・・・

・・と、
クローゼットの外に出せと言わんばかりに
クローゼットの中から扉を叩き始めたそうです。

彼女は
クローゼットの扉を全力で押さえたのですが、
クローゼットの扉は、
今にも中側から押し開けられそうな勢いきしみます。

「いやぁー、助けてぇー!!」

ドン、ドン、ドン・・・・
ドン、ドン、ドン・・・・

しかし、
5分ほどすると、
諦めたのか扉をこじ開けようとする力も叩く音も消えたそうです。

それでも、
彼女はしばらくの間はクローゼットを押さえていたのですが、
頃合をみてフロントに駆け込み事情を話して部屋を代えてもらったそうです。

彼女はもう部屋には戻りたくなかったので、
荷物やクローゼットのスーツは、
ボーイに頼んで持って来てもらったのですが、
何故かスーツは泥だらけになっていて、
ホテルがサービスでクリーニングに出してくれたそうです。

彼女はホテル側の誠意のある対応に、その場は納得したのですが
後で考えてみると、
ホテル側の対応はクローゼットの件を知っている様な雰囲気だったそうです。