「着物」
中部地方にある某老舗日本旅館


中部・東海地方にある元本陣(脇本陣だったかな?)
・・・という由緒ある某日本旅館。

広間に続く絨毯敷きの廊下に、大きなガラスケース(額?)があって、
いかにも年代ものの立派な西陣織りの着物が飾られていました。

この着物、江戸中期のもので、
さる大名のお姫様が西国に嫁ぐこととなり、
その道中、この本陣に長逗留した御礼にと残して行ったとか・・・

今から十年以上前、
私の上司がまだ添乗業務をしていた時の体験談です。

その年の夏は猛暑、
上司が通された乗務員部屋はエアコンの調子が悪く、
湿気と暑さでなかなか寝付けず、

「水風呂でも入ってこようか」

・・・と、
深夜の大浴場に向かったそうです。

すると、
浴衣(?)を着た高校生位の女の子が、
西陣織の着物をジッと見ているのです。
食い入るように・・

「今時の女の子で、着物に興味があるなんて珍しいな」

上司はそう思いながら、彼女の後ろを通り抜けて大浴場に・・・。

入浴後、
またこの西陣織の廊下を通りかかると、
先ほどの女の子がその西陣織を着て立っているのです。

「おい、君、何してるんだ!!」

彼の声に気がついた女の子は、
振り向いて上司をチラッと見て、

「フッ」

・・・と笑い、
滑る様に廊下の向こうに走っていったのです。

泥棒!・・そう思った上司は、
慌てて女の子を追いかけたのですが、
廊下の角を曲がったところで見失ってしまったそうです。

すぐにフロントに駆け込んで事情を説明すると

「あー、そうですか・・・実は・・・」

フロントマンの説明では、
この西陣織を残していったお姫様は元々身体の弱かった方で、
長旅に体調を崩し、この本陣でしばらく逗留することになったそうです。
そして、
逗留が一ヶ月を過ぎた頃、突然破談となり、
お姫様は失意のまま国に帰り、そのまま亡くなったとか・・・。

この西陣織は花嫁道具の一つだったそうで、
時折、お姫様が西陣織の前に現れるというのです。

「それじゃ、僕が見たのは・・・」

「えぇ、そのお姫様だと思います。」

残念ながら、
この着物、現在は飾られていません。