「他館先へ・・・」
奈良県


旅行シーズン中などで、ホテル・旅館がお客様で満室の場合、
ドライバーやガイドはお客様と別の宿に泊まる事になります。
(私達、添乗員は必ずお客様と同じホテルに宿泊します。)
これを業界用語で「他館」又は「放り出し」といいます。

この話は、
そんな他館先に泊まる事となったドライバーの不思議な体験です。
舞台は奈良Y郡、
古代史の舞台ともなった自然の美しい地域です。
その日、
ドライバーとガイドは他館先に泊まる事となったんですが、
他館先まで少し距離があるので、
ホテルが車で送迎してくれる事になったんです。

ドライバーがバスを駐車場に入れ待合わせの玄関に出てくると、
先に来ているはずのガイドがいません。
「あれ、トイレにでも行ってんのかな?」
しばらく待っていると、ホテルの車が彼の前に止まり、
若いホテルマンが運転席から声を掛けてきました。

「それじゃ、参りましょうか。」
「いや、ガイドがまだなんですよ、たぶんトイレか何かだと・・・」
「あー、彼女は先に別の車で行きましたよ。私達も早く行きましょう。」

彼は若いホテルマンに促されるまま車に乗り込んだそうです。
ホテルマンの話では他館先までは10分程。
しかし、
10分経っても20分経っても他館先に着く様子がありません。

「まだ遠いの? もう20分以上経ってるけど・・・」
「もう少しですよ、初めての道は時間が掛かかる気がしますから・・」

・・・さらに10数分後

「まだ遠いの?」
「もう少しです」
「じゃぁ、ちょっと止めて、おしっこ・・」
「あぁー、はい、どうぞ・・・」

ドライバーが車を降りると辺りは真っ暗。
彼は車から5m程はなれた路肩の茂みに向いました。
ところが
小用を足して振り向くと車の姿がないんです。
振り向く直前まで車のエンジン音が聞こえていたし、
ライトの晄も背中に感じていたのに。
そもそも走り去ったのであればスグに分かるはずです。

彼が途方にくれていると
車があった辺りから人影が近づいてきたそうです。

「ドライバーさん、こんな所におられたんですか? 
 ずいぶん探したんですよ。」

見ると・・・別のホテルマンが立っています。

「その茂みの向こうは崖ですから、
 一歩間違えると大変なことになりますよ。
 他館先までご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「いや、でも・・・ここは??」
「ホテルの裏ですよ」
「ホテルの裏!!」
「えぇ、そうですよ。 
 さぁ、参りましょう。 ガイドさんも心配されてましたよ。」

そして、
彼は無事、ガイドと一緒にホテルの車で他館先へ向かったそうです。