「水」
北海道 某有名温泉


一昨年の冬の出来事です。

その日は雪がしんしんと降っていて、
お客様方は宴会が終わるとそれぞれの部屋に戻って、
窓の外の雪を見ながらの雪見酒に興じていました。
ある一室での事・・・


「なぁ、雪見もいいけど、やっぱりカーテン閉めないと寒くないか?」
「そうだな、そろそろカーテン閉めようか」

カーテンを閉めてしばらくすると風が出てきました。
「風が出てきたな・・・」
「吹雪になるのかな?」

そう話しながら何気なく窓のほうにに目をやると
窓の外に何かがいる気配がするのです。
カーテンに人影らしきものが映っては消え映っては消え・・・

お客様の一人が恐る恐るカーテンを開けてみると、
風で木々が揺れ、それが外の灯りの関係で人影のようにカーテンに映ったようでした。

「あははは!」
「幽霊の正体見たり・・・ってやつだな」

一気に緊張が解け、
酒宴はますます盛り上がったそうです。

ガタガタ・・・バチバチバチ・・・

風だけでなく雪も強くなったのか、
窓が揺れる音、雪がガラスを叩く音が大きくなってきます。
もちろん、カーテンに映る人影(木々の影)も動きを増しています。

「まさか、窓、割れへんやろな」

そう言って窓に目をやると
窓の下の畳がぐっしょり濡れて水溜りが出来かけています。

「おい、雪が入ってきてるんとちゃうか?」
「まさか、窓の霜が溶けて流れてきたただけやろ」

カーテンを開けてみると
不思議な事に窓の棧はたいして濡れていません。
その下の畳だけがびっしょりと濡れて水溜りになっているんです。

「これって、何か変だよなぁ〜」

お客様方は早速フロントに電話を入れ事情を話したところ

「あっ、はい、承知致しました。 すぐに参ります。
 ところで、お客様、今、お部屋に何人おられますか?」
「えっ、4人だけど・・」
「4人様でございますね。承知致しました。すぐに参ります。」

程なく、
フロントマンがやって来たそうです。
線香と盛塩を持って・・・。

彼は窓の下の畳にしゃがみ込むと
線香に火を点け、盛塩を供え、手を合わせました。
そして、
「お客様、コレで大丈夫でございます。」・・・とにこやかに微笑み、
「これは些少ですが、今ご覧になったことはご内密に」・・・と
お客様一人ずつに封筒を渡して部屋を出て行ったそうです。

呆気にとられていたお客様方が、
我に返って、線香を供えた窓の下を見ると
先程まであった水溜りは消えて無くなっていたそうです。

・・・

実は、
私が、お客様からこの話を聞いたのはつい先日なんです。
「どうしてスグ言ってくれなかったんですか?
 クレーム入れましたのにぃ〜〜!!」
「いやぁ〜、お金・・結構入ってたから、言ったら悪いと思って・・・」
「・・・・(あんた達、幾らもろたんや)」